剱岳

-映画を観ました-7月21日

山の話なら、合います
お父さん、「剱岳」って映画やっているよ  行こうー 
映画…何年ぶりでしょう  うれしいこと?に、私達…半額です

剣岳

美しい山の映像を観たい、と 点の記?に興味がありました。
山歩きしていると、三角点 よく見ます
地図を作る大事なポイント…ぐらいの知識しかありませんでしたが、三角点ばかり歩いている人もいて、面白いなと思っていました。

-以下ちょっと勉強??しました-

三角点は一等から四等まで10万余りあります
「点の記」 は三角点設置の記録、戸籍のようなもので誰でも閲覧できるようです。

なぜ 剱岳なのか?
明治時代日本のほとんどの山は陸軍の陸地測量部によって初登頂されています。
最後の未踏の山、弘法大師も登れなかった険しい「剱岳」に柴崎測量官が命を受け、
設立間もない日本山岳会より先にと、初登頂に挑戦、「死の山、登ってはいけない山」という地元の深い信仰もあり、苦難の末無事登頂  しかし…
千年も前の錫杖の頭と剣があった… 一番ではなかったのか… 
すでに登った人間がいた… 共にすばらしいと思うのですが… そんな物語です。
因みにこの錫杖の頭と剣は重要文化財として立山博物館に展示されているようです。

このときの三角点、重い票石は持ち上げることは出来ず設定したのは4等で、点の記は三等まで、剱岳の点の記は無いのです。現在の三角点は柴崎さんの登頂から百年(2007年)を前に、2004年に三等三角点を埋設(イベントとして、63kgの票石は学生さん55人で雷鳥沢まで2キロをリレー、その後ヘリコプターで山頂へ運んだそうです)
偉業をなされた柴崎芳太郎さんは、後に日本山岳会に入っておられます、山が好きだったのでしょうね。

剱岳 点の記
明治40年、百年以上前のことです
ルートの無い未踏の険しい山、今とは比較にならない装備、 主人公以上に魅力があったのは案内人の強力さん、そして立山は昔から沢山の人が登っていたのです 興味深く、又山が好きになりました。
三角点見付けたら今までと違った気持で観ると思います。

2009/07/27(Mon)    未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
 



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